
トシ・カプチーノさんは福岡県出身、ニューヨーク在住のキャバレー・アーティストで、演劇評論家やプロデューサーとしても活躍しています。1995年に渡米し、ブロードウェイ作品の翻訳や評論活動を経て、2005年からキャバレー活動を開始。昭和歌謡を中心に、ブロードウェイやジャズ、オリジナル曲を交えた、演劇的でユーモアあふれるショーが特徴です。この6月25日には、3回目のトロント公演が決定しました。トシさんに、キャバレーの魅力についてインタビューに答えていただきました。
ー 昭和歌謡とキャバレーというスタイルにこだわられている理由を教えてください。
私は20代ころ、ディスコ、横浜、横須賀、厚木、福生などの米軍基地、ナイトクラブで歌うバンドのボーカルでした。物心ついた時から歌うことが大好きだった私なのですが、舞台に立つことは苦痛以外の何ものでもありませんでした。その理由は私がゲイだからです。私はお客様に自分の性癖がバレることを恐れて舞台でいつもビクビクしていたのです。そんなシンガーをお客様は求めていません。結局、私は20代半ばで歌を封印。歌を辞めてしまいます。しかし、渡米後、ニューヨークで見たキャバレーで、ありのままの自分を曝け出して歌い踊り喋るキャバレーパフォーマーを見た時、これだ!と思ったのです。一度封印した歌でしたが、ニューヨークでもう一度歌ってみようと思いなおし、44歳の時に私はキャバレーショーを始めました。始めた当初はブロードウェイミュージカルの楽曲を中心に歌っておりましたが、時代の流れの中でJーPOPが世界的な流行を見せ、昭和歌謡を取り入れたショーを作り始めました。もともと昭和歌謡で育った私は、水を得た魚状態。今では、ニューヨークの昭和歌謡のパイオニアを言われるまでになりました。
この2、3年、アメリカでは昭和歌謡だけに限らず、令和のアニソンも言葉の壁を超えて多くのアメリカ人の若者に支持されています。私はこれからもキャバレーというスタイルにこだわり、昭和・平成・令和を網羅する日本の歌を歌い続けていく所存です。
ー ニューヨークを拠点に活動する中で、海外の観客に昭和歌謡を届けることの魅力と難しさは何ですか?
コロナ収束後、キャバレーパフォーマーは物価高騰のため窮地に立たされました。馴染みのキャバレー劇場が次々に閉鎖されました。 また、生き残った劇場はあってもレンタル料の高騰で、ショーを続けていくこと自体が非常に難しい状況になったのです。そのため、多くのエンターテイナーはアルバイトをして食い繋ぎながら、キャバレーパフォーマーとして活動を継続しています。私もその中の一人です。とにかく継続が重要なので、ニューヨークだけに固執することなく、全米、カナダ、東南アジア、日本など、多くの場所で可能性を見出していくことが重要だと思っています。海外の観客に昭和歌謡を届けることの魅力と難しさは、まず、お客様の立場に立って選曲すること。そして最も重要なのは舞台でお客様以上に自分でも歌うことを楽しむこと。自分が楽しければお客様も絶対楽しいのです。
ー 最近の令和のアニソンを取り入れたショーでは、どんなねらいや想いで選曲・演出をされていますか?」
いくらインターネットがあるといえ、平成令和のアニソンなんて、知らないし、全く興味がありませんでした。まあ、年齢的なものを関係している部分はあると思います。そんな時、友人がAdoが歌う「唱」の動画を送ってくれたのです。テンポが早く、がなり立てるような歌い方に戸惑いましたが、聞けば聞くほど、歌の力に魅了され、ショーに取り入れました。ノリの良いAdoは人種問わず大好評で、今回のトロント公演では昭和から令和まで、8曲のアニソンを歌う予定です。アメリカの代表するアニソンシンガーになりたいですね!
ー これまで活動されてきた中で、最も印象に残っている舞台や出来事を教えてください。
ブラジル・サンパウロ州公認の世界最大規模の日本祭りにゲストで呼んで頂いた時の会場の大きさには圧倒されました。そこを埋めた満席のブラジル人の熱狂ぶり。その中にサンパウロ在住の元宝塚歌劇団の男役トップの麻路さきがいらっしゃいました。なんと彼女は、私の名前を書いた垂れ幕を持って応援してくださったのです。それが凄く嬉しくて印象に残っています。
ー 最後に、トロントのファンの皆さまへメッセージをお願いいたします!
おかげさまで、6年前の初めてのトロント公演は満員御礼となりました。トロントの皆さんノリがいいから私も本当に楽しかった!今回も即興の弾丸トークと歌で、皆様を超ハッピーな異次元空間にお連れすることをお約束します!ご期待ください!!



トシ・カプチーノさんオフィシャルブログ:https://ameblo.jp/toshicappuccino/
ご協力いただいたインタビュアー:Yoko van Veen さん