『土を喰らう十二カ月』
中江監督独占インタビュー!

 5月23日に日系文化会館で『土を喰らう十二カ月』が上映されるまで、いよいよ1週間を切りました!なんと今回は、中江監督が登壇します!お忙しいなか、このたび中江監督にインタビューに答えていただきました。どうぞお楽しみください。

あらすじ

作家のツトムは、長野の山奥に1人で暮らしている。山で収穫した山菜や畑で育てた野菜を精進料理にして楽しんでおり、担当編集者でもある恋人・真知子が東京から訪ねてきたときには、旬の食材を一緒に味わう。13年前に先立った妻の遺骨を納められずにいるツトムだが、「食」を通じて生きることに向き合っていく。

ⓒ“The Zen Diary” Film Partners

Q : 映画を観る人に一番注目してほしいところはどこですか?

A : 料理もそうなんですけど、結局元の食材がないと料理は作れない。この映画では、スーパーに買い物に行ったりとかが一切なくて。全て自分の畑や山から取ってくるものを使ったので、 食材を取るのも料理をするのも同じ線上にあって。食材そのものも、自然がないと作れないんですよね。だからこの映画の1番の見どころは、大体1カ月とか2カ月ぐらいでまとめて映画を撮影してしまうんですけれども、自然に合わせて1年半かけて映画を作ったところです。他の映画とは違う特徴的なところだし、私たちスタッフも自信を持っている部分です。

Q : タイトルには「十二カ月」とありますが、作品の中では二十四節気に分けて時季が描かれていました。監督が変更されたということでしたが、こだわりはあったのですか?

A : この映画は畑でずっと撮影するので、農業に即した暦である二十四節気が一番しっくりくるなと。ひと月だと長すぎるんですよ。例えば野菜を植えるタイミングも、4月の上旬なのか下旬なのかによって大きく違っちゃうんですよね。だから二十四節気が農業にとっての暦だなって気がして。

Q : 監督ご自身も大学では農業を勉強されたそうですが?

A : 農学部だったんですけど、大学では映画ばっかりやってたので勉強はほとんどしていなくて。あまりそのことを聞かれると恥ずかしいです(笑)。農学部に入ったのは植物が好きだったからなので、それは通じていることだとは思うんですが、大学の勉強は全然役に立っていません。

Q : 作家である主人公が執筆するときに座っていた場所から見える北アルプスの山々がすごく綺麗で印象深かったです。

A : スタッフと一緒にロケ地を探していて、廃村があるっていう情報を僕がネット上で見つけて、とにかく行ってみようって。冬に行ったんですけど、僕らはあまりちゃんと準備してなかったんですよ。そうしたら雪が相当積もってて。人が住んでいないので、除雪はされていないんですよね。長靴も履かずに、膝ぐらいまでずっと雪に埋もれながら1時間ぐらい歩いて部屋に着いたんです。しかもちょっと曇ってたんですけど、ちょうど家のある場所に着いた頃に晴れてきて、北アルプスがバーっと見えてきたんですよ。そのとき僕は、主人公がなぜここに住みたいのかを考えてたんです。主人公はベストセラー作家で、欲しいものはなんでも手に入れてると思うんですよね。晩年になって自分が何かを表現したいと思ったら、自分が叶わないものを目の当たりにしながら生活したいのではないかと。北アルプスの山々っていうのは、人間の力ではどうしようもない圧倒的な強さを持っている。それを横で感じながら生きていくってことは、常に自分の小ささというか、自分の自我を抑えてくれる存在として必要だったんじゃないかなというふうに考えました。舞台となる古民家は、床とか柱とかはほとんど変えてないんですけど、その部屋の大きな窓だけは美術さんに作ってもらいました。大きい窓から常に北アルプスが見えているようにしたくて。でもあれ撮るの、すっごく大変なんですよ。外は眩しいくらいに明るくて、部屋の中は薄暗いので。じゃ、中を明るくすればいいじゃないかって思われるんですけど、中を明るくしすぎると照明を当ててるのが丸わかりなんですね。だから、光量を減らすフィルターを窓に貼ってるんですよ。外の光の量に合わせて濃さの違うフィルターに張り替えるっていう、すごくアナログなやり方で行いました。でも外の光の量はすぐ変わるので、照明部さんにしょっちゅう張り替えてもらって。スタッフによってはグリーンバックにして、合成ではめればいいじゃないかっていう人もいたんですけど、それはやっぱりね、ダメなんですよ。わざとらしくなるのもそうですし、主人公役を演じる役者さんの気持ちも、やっぱりそれではうまくいかないので。だから小さな嘘をつかずに、本物でやるようにしたんです。

Q : 監督は「小さい嘘」はつかないとおっしゃっていますが、これはどういうことですか?

A : 映画を観る人に「これは本当のことだ」と信じてもらうために、小さい嘘はつかないようにしたくて。なるべく本当のことを全部やったのですが、その作業が大変でしたね。特に、畑の作物の実り具合を見ながら撮影スケジュールを決めるのが、ものすごく特殊な撮影の仕方でしたね。普通はスケジュールを決めていって、それに合わせて必要なものを用意するんですが、今回は畑が優先でした。

Q : 料理を担当した土井善晴さんとたくさん話し合いながら撮影をしたとお聞きしました。

A : 土井さんにすると、とにかくその場にあるものを取ってきて料理するのが1番美味しくできるということなんです。「食べる」っていう意味ではその通りなんですけど、映画っていうのは撮影っていう行為があるので撮影をするためにはやっぱり準備が必要なんですよね。1番大変だったのはセリです。春の雪解け水の中から1番最初に出てくるので大体この頃には出るだろうと予想していても、やっぱりちょっとずれるんですよね。伸びすぎるとそれもまたダメなので、本当にピンポイントにこの時に撮影しなきゃいけないみたいな。ただ役者さんの都合で、ずれても大丈夫なように撮影場所をいくつも選んで撮影していました。でもそれが正しいんだろうかっていうのは思いますけどね。そのときにあるものを役者さんにも感じてもらいながら撮影するのが、実は一番ドキュメンタリーとして正しくて豊かな撮り方ではあると思います。映画って、どうしても映画の都合が全てに優先されるっていうふうに考えがちなんですね。映画の予定に全てを合わせて段取りをする。映画っていうのはそれぐらい素晴らしいものなんだって思いがちなんですけれども、それよりも自然とかそういうものが背景にあるってことを土井さんには教えてもらいました。土井さんが「それは映画の都合ですよね、映画の都合に自然は合わせられないですよね」とおっしゃって。もう、その通りなんですよね。そのことがこの映画に本物のものを持ち込んでくれたなっていうふうに思いますね。土井さんが参加されていなかったら、全部映画の都合で取っていたかもしれない。ないんだったらそこに植えればいいじゃん、みたいな。そういうことをこの映画ではしないって決めて進んでいけたのがとても良かったなと思います。

Q : 地元の方との交流もありましたか?

A : それも小さい嘘をつかないのと同じで、やっぱり言葉遣いがだいぶ違うんですよ。地元の人に出てもらいたいシーンがあって、信州で「映画出演のためのワークショップをしますよ」って募集をしたんですよ。そうしたら結構たくさん来ていただいて、100人の中からオーディションをして、リハーサルも10回ぐらいしました。その中で、役柄を決めていったんです。出演してもらったおばちゃんたちに「自分の言葉でしゃべってね」って言って、僕の書いたセリフを書き換えていただきました。主人公が飼っていた犬も、地元で探そうってことになっていたんですが、スタッフがちょうど軽トラックに乗って探しているときに、モモちゃんっていう犬が追いかけてきたんですよ。すごく人懐っこくて、その上おとなしくて、言うことを聞いてくれるんです。すごいでしょ。「こうしてね」って言ったら、ちゃんとやってくれるんです。

Q : 作品の中にあった「面倒なところが一番美味い」という言葉が印象に残りました。中江監督にとって「面倒だけど一番美味しい」のは、映画作りの中でどんなところですか?

A : やっぱり僕は監督なので、役者さんに対するところですかね。役者さんも人なので常に気持ちも変わりますし、自然を相手にしているので刻一刻と変わっていったりする。その辺の調整が、一番面白いところでもあるのかなっていうふうに思っています。

Q : 映画の舞台は長野県ですが、40年以上住まれているという沖縄とは環境は違いましたか?気候だけでなく、そこで暮らす人々や文化なども含めて。

A : やっぱりその土地土地によって違います。信州でも北の方と南の方では文化も食べ物も全然違いますね。気候とか自然とかによってやっぱり文化は生まれてくるのでしょうし。昔は今ほど交通が発達していなかったので、その地域からあんまり出ない人が多かったっていうことも大きいと思いますね。

Q : 禅の教えである「一つ一つの物事を丁寧に見つめていく」ということが、作品では深く描かれていたように思いました。

A : 僕ももう63歳になっているんですけど、これを撮影していた時は60歳とかかな。「行雲流水」っていう、雲は動いて水は流れて、一時も同じときはないっていう禅の考え方があるんです。人生も同じで常に形を変え続けているわけだから、先のことに何かを期待しても意味がないし、過去はああだったって考えてもあまり意味はない。だから今を、毎日毎日をとにかく精一杯生きるのが人生なんじゃないのかっていうことなんです。この年齢になってそういうのがすごく染みるというか、考えるようにはなりましたね。今その瞬間っていうのをやっぱり大事にしないと。友人や恋人という大切な人を、今どう愛せるのかっていうことを常に心に留めておくようにはしてます。

Q : 監督の思う、今を見つめて生きるコツなどはあったりしますか。

A : 空を見ると、なんだかリセットできる気がするんですよね。パソコンを見てずっと仕事をすることが 皆さん多いと思うんですけど。そうやってずっと人工物の中にいると、自分の中の自我がどんどん増大するような気がするんですね。自分がなんでもできるような気になることが多くて。それは人間にとってあまりいいことではないと思うんです。都会の中でも空っていうのは大自然なので、空を見ると自分というものの存在をリセットできるような豊かな気持ちになるんですよね。

Q : 5月に映画がカナダ・トロントで上映されますが、中江監督はトロントもしくはカナダにいらっしゃったことはありますか?

A : いえ、初めてです。まずこの映画が上映されることが1番楽しみですね。皆さんがどのようにご覧になるのかが楽しみです。日本でもカナダでも世界中、人がなぜ生きるかっていう問いは皆さんがずっと抱えてることだと思います。その1つの答えをこの映画で示してるつもりなので、それを感じてもらえると一番嬉しいですね。

Q : トロントでの上映は5月23日で、二十四節気だと小満・万物が太陽の光を浴びすくすく成長していく季節です。映画を観た皆さんに期待することはありますか?

A : いい季節ですよね。あらゆるものが生き生きとしていく時期なので、そんなタイミングでこの映画を皆さんに観てもらえるのはとても嬉しいなと思っています。

取材&文/Ai Hadano