今年もトロント日本映画祭の季節になりました!6月7日の『ライフ・イズ・クライミング!』の上映に先駆けてMOMO FILMSさんのご協力のもと、監督の中原 想吉さんと出演者の小林 幸一郎さん、鈴木 直也さんにインタビューさせていただきました。どうぞお楽しみください。

あらすじ

視覚障がいを持つロッククライマー・小林幸一郎さん(コバ)は、友人であるクライマー鈴木直也さん(ナオヤ)がかける声と一緒に岩を登る。2001年に出会った彼らは、パラクライミング世界選手権で4連覇の快挙を成し遂げた。そんな彼らは2021年、アメリカ・ユタ州にそびえ立つ岩「フィッシャー・タワーズ」に挑む。全盲のクライマー・バイエンマイヤー氏との再会や、大自然の絶景を楽しみながらのロードトリップを追ったドキュメンタリー。

Q: お三方の出会いは?

コバ: 僕とナオヤの出会いは、僕とナオヤの共通の友人の結婚式でした。その友人に頼まれてコロラドの空港まで車で迎えに来てくれたのがナオヤで、本当にたまたまでした。ナオヤが「自分はこれまでコロラドでもあちこちクライミングしてるから、せっかく来たんならいろいろ連れて行くよ」って言ってくれたので、一緒にクライミングもしました。そのときに車の中で、 世界7大陸最高峰を登頂した全盲のクライマー、エリック・ヴァイエンマイヤーさんの存在も教えてくれたりもしました。

Q: クライミングを通してだんだんと打ち解けていったのですか?

コバ: ナオヤはスーパーフレンドリーな人なので、初対面で会った瞬間から、「ああー!こんにちはー! どうもー!」って感じでした。
ナオヤ: そんなことないよ(笑)
コバ: そんな感じでした(笑)。だからクライミングを通じてだんだん仲良くなったっていうのももちろんありましたけど、最初からすごく親しみやすい人という印象がありました。

Q: ナオヤさんの声に命を委ねる、その絶対的な信頼はどのようにして生まれたのですか?

コバ: ないです(笑)。クライミングをする人はみんな命綱となるロープをつけて登るんです。だからクライマーはみんな同じなんですね。たまたま僕は目が見えないので、目が見えない部分をナオヤに補ってもらうことはありますけど。クライマー同士の信頼関係の上に、一緒に旅をする友人という関係もあり、一緒に時間を過ごしているっていうだけで。目が見えないから特別な信頼関係が成り立っているというわけではないです。

Q: 小林さんにとってナオヤさんはどのような存在ですか?

コバ: ベーシックとしては友人で、クライミングの大会とかではチームメイトとして結果を求めてお互い頑張ってきました。場面場面によりますけど、友人としての信頼関係が根底にあるという感じですかね。

Q: では、ナオヤさんにとって小林さんはどのような存在でしょうか?

ナオヤ: 友達です(笑)。綺麗な言葉を探して当てはめようとしても、そんな感じじゃない気がする。だから好きなんですよねえ。それに出会ったときはコバちゃんは弱視で、一人でも歩けるし登れるしで、指示なんかいらないっていう感じだったんです。それから実は長い間会っていなくて、普段プライベートで会うとかも基本的にはないんです。片手で数えるくらいしかない。仲良くないんですよ(笑)っていうのは冗談で、そのぐらい会わなくても安心できる存在なんです。大会でメダルを取ったのは紛れもなくコバちゃんの実力だし。
僕が“応援”という意味での声はかけたかもしれないけれど、登っているのはずっとトレーニングを積んできたコバちゃんなので。

Q: 映画内の最終目的地となるユタの山に誘ったのは、ナオヤさんだそうですね?

ナオヤ: そうですね。実はよく覚えてないんですよ(笑)飲み屋で「登りたいのがあるんだけど登ってみない?」っていう会話から、それで気づいたらこうなっちゃったっていう。

Q: これは失礼を承知でお聞きしたい質問です。小林さんは全盲ということで、目の前はいつもねずみ色の世界だとおっしゃっているのを拝見しました。登頂したときの感覚はどのようなものなのでしょうか?

コバ:
僕たちがしている岩登り、ロッククライミングでは、もちろん頂上に立つということをゴールに頑張るっていうか楽しんでいます。でも、ゴールだけではなく、そこに至る過程がまたすごく楽しくて。「どうやって登ろうかな」とか、「ここちょっと大変だけど頑張ろう」みたいな、乗り越えていく一つ一つのプロセスが積み上がっていく感覚がまたすごくいいんです。やっぱり目が見えていた方が、周りを見渡して景色を楽しむなどの楽しみ方は絶対あると思います。でも、それがなかったからといって、音とか風とか空気とかが明らかに変わっていくから登頂の実感はあるし、高いところに来れたことを嬉しくも思います。ただ、見えるものだったらやっぱり見たいなっていう気持ちはずっとあります。僕は生きている途中で目が見えなくなったので、見るという感覚がありますからね。

Q: 岩登りをしたくなくなるときはありますか?

コバ: 岩登りに向かう程度の増減はありますね。めちゃくちゃ気持ちが入っているときもあれば、ちょっと離れているときもあります。よく芸術家には「絵が描きたくなったらまた絵を描く」っていうことがありますが、まさにそれです。ロッククライミングは自分たちにとって“楽しいこと”であって仕事ではないので、楽しいことをやりたいと思ったらやっているって感じです。
ナオヤ: 登ってお金を稼ぐフレーミングも、コバちゃんの仕事ですよ(笑)
コバ: そうでした(笑)
ナオヤ: 僕はコバちゃんのようにアスリート選手になった過去はないので、モチベーションの種類が違うのかもしれません。ただ、大嫌いになってやめるということは、30年近くクライミングをしていて一度もないです。いろんなやらなきゃいけないことがあって、クライミングが後回しになっちゃうっていうケースはありますけど、「やりたいな」って気持ちは常に持っています。

Q: 映画タイトルは監督が考えられたのですか?タイトルの『ライフ・イズ・クライミング』に込められた想いを教えてください。

中原監督: 僕自身はもともと別の案を考えていて、関係者の考えを聞いたり宣伝を見たりしていくうちに別の形になっていったけれど、ずっと納得がいかなったんですよね。でも劇中にコバさんが「クライミング イズ ライフ」と2回言うところがあって。それがタイトルの種明かしみたいでいいなって思うようになりました。

Q: タイトルのように人生においては大きな山のような出来事がありますが、そんなときへのアドバイスをいただけますか。

中原監督: 僕は普段もドキュメンタリー的な手法で一般の方にカメラを向けることが多いんです。そういう場では自然な姿を撮るために、演出をほとんどしません。劇映画だと撮る・撮られることのプロたちなので、自分が頑張れば期限内に撮れると思うんですが。僕の場合は被写体を観察することのほうが大事だから、壁が高くて険しいときほど頑張りすぎずに持久力を保つことを心がけています。
コバ: 僕が設立したNPO法人のキャッチコピーは「見えない壁だって越えられる」なんですが、誰もが心の中に持っている壁を越えようとするのか諦めるのかはその人次第。だから壁の向こうを見るには、自分でちょっと頑張ってみようという気持ちが必要です。クライミングっていうのはちょっと頑張れば成功体験が得られるから、その気持ちを擬似体験できるんです。それを他のことにも活かしていけば、「クライミングで乗り越えられたんだから、もうちょっと頑張ってみよう」と思えるようになると思うんですよね。あとは楽しいことをすることです。何かを前に進めようというとき、やりたくないことに向き合わなきゃいけない瞬間とか頑張らなきゃいけない瞬間があると思うんですけど、その先に自分が楽しいと思えるものが待っているとわかっていたり、楽しいことに自分は向き合っているんだという意識を持ったりすることが必要なんだろうなって思います。だから僕も仕事で心が折れそうになるときがあるけれど、その先に思わずニヤニヤしてしまうような楽しい瞬間が待っていると思いながら日々歩くようにしています。
ナオヤ: もう二人が立派なこと言っちゃったんで何も言うことがないんですけど(笑)、僕は壁にぶつかったら、すぐに諦めます。なぜなら地球上にはいろんな魅力的なことがあるので、じゃああっちに行こうってなっちゃう。いろんなものをちょっとずつつまみ食いして楽しんでいます。絶対に越えられない壁とか、立ち向かってもつまらない壁には挑まずに、楽しいと気持ちが向く方に進んでいく感じですね。あまりこういうふうにはならない方がいいのかもしれませんが(笑)。それでも壁にぶつかった場合は「なんとかなるでしょ」っていう気持ちでやります。失敗したときには「うんうん」みたいに前向きに捉える。いろいろあるけれど、それも人生だなって。

Q: お三方はカナダにいらっしゃったことはありますか?

中原監督: 僕は仕事で一度行ったんですけど、すごくメープルが綺麗だったなっていう印象しかないなあ。もうそれも15年くらい前ですね。
コバ: 昔目が見えていたころに勤めていた会社の出張でアメリカに行ったことがあるんです。そこでカナダの話はよく耳にしていて、いつか行ってみたいなとずっと思っていました。だから今回やっと伺えることが実現するのでとても楽しみにしています。雰囲気や空気感を味わうのはもちろんですが、おおらかだと言われるカナダの人たちに会うのが楽しみです。
ナオヤ: もう10年… 5年前くらいですかね? 車でバンクーバーを通ったりしたことはありました。全てが楽しみですよ、いやもう全てですよ。どこでビール飲めるのかなとか、どこで誰と会えるのかなとか、そんなのばっかり考えてたらあっという間にその日になるんだろうなって思っています。
コバ: あと、ナイアガラの滝! 超楽しみにしてます。

Q: 読者の皆さんにメッセージをお願いいたします。

ナオヤ: カナダに住んでいる日本の方は、日本から離れている分、自分の人生の楽しみ方を知っているような気がします。僕はアメリカに10年近く住んでいましたが、それが僕の人生のハイライトになり、その経験があるから今があると思えるので。観た方が、やっていることを楽しんで人生を送ってもらえればいいなと。
コバ: この映画は、誰もやったことがないような、すごいクライミングのチャレンジをしたわけでも、私のように障害者の挑戦を追いかけた映画でもなく、僕としては特にそういう取り上げ方をしてほしくもなくて。僕はこの映画の主人公はナオヤだと思っています。映画を観に来てくださる皆さんの多くが障害のない人だろうと思うと、 自分とは違う特性を持つ人とどんなふうに向き合えるのかをちょっと考えてもらういい機会になる映画なのかなって思います。ナオヤが私を障害者として扱うわけではなく、1人の友人として一緒に時間を過ごしていく姿を見てもらい、ちょっとだけ勇気を胸に握りしめて、皆さんに映画館を後にしてもらえたら嬉しいなって思います。1人じゃ大変だけど誰かと一緒なら、新しいことに向かって一歩前に踏み出せるかもっていう、そんな気持ちになってくれたら。
中原監督:  もうナオヤさん、コバさんが言ったことが全てだったりしますけど(笑)。今回の撮影で一番こだわったのは、実はポスターの写真かなっていうぐらい、 あのイメージはすごく明確にあったんですね。ポスターを見たときに、なんか楽しそうな映画だなって思ってもらえると思ったんです。視覚障害を持つ方の努力とか命がけのクライミングとかではなくて、楽しいロードトリップの映画というイメージ。だからぜひ、楽しんで観てください。

取材&文/Ai Hadano